信楽にて製陶業を営む清右衛門陶房に生まれた谷穹(たに・きゅう / 1977年・滋賀県生まれ)は、2000年に成安造形大学立体造形クラス卒業後、彫刻家中ハシ克シゲ氏のアシスタントとして国内外の展覧会に同行するなど、おもに彫刻や立体造形による作品を制作していましたが、2002年ごろより本格的に陶に取り組み、現在は14世紀から15世紀の中世、室町時代に信楽で作られていたいわゆる「古信楽」の壷や甕などを指標として作品を制作しています。
文献など残る資料が少なく、その焼成方法など現在も分からない点が多い「古信楽」ですが、谷穹の焼き物に見られる特有の土味、自然釉(ビードロ釉)の発色、穴窯や登窯による火色やカセ・コゲなどの諸相は、古信楽の持つ特徴的な要素に迫るものであり、谷穹は焼成温度や期間などに試行錯誤を加え、時に自ら窯を築きながら、一歩づつ近づきはじめているといえます。
しかしながら谷穹のこうした取り組みは、古信楽の「再現」を目的とするものではなく、むしろこれまでの現代美術的な作品制作や作陶を通じて得た作品への見立てや仕組みを投影する上で、古信楽の持つ力強さとともに、そこに見る「遊び」にこそ重なる点が多いことを動機として探求されているといえます。
古信楽に見られる様々な様相は「うつわ」に対して「遊び」であり、「やきもの」はいわば機能と共に「遊び」を含む、あるいは「遊び」そのものが機能であるともいえます。また一様ではないその表情は、鑑賞者の多様な視点・好奇心を引き出すきっかけでもあり、鑑賞者はそこに自分だけの景色を見つけ出します。
空間に配された「やきもの」は、時に空間の中心として、あるいは空間の異端として存在しながら、そこに景色をつくりだします。そこでもまた「やきもの」は、ひとつの固定化された景色のみを示すのではなく、鑑賞者によって異なる景色を見出すことを促します。
本展の入り口部分の甕(かめ)にある花は、鑑賞者によって自由に選び、摘み取られ、会場内に高さを異に配された蹲(うずくまる*壺が花入に転用されたもので、その名は人が膝をかかえてうずくまるような姿が由来と言われる)に生けることができ、鑑賞者は花を手に蹲(うずくまる)・跼(せぐくまる)・跂(つまだてる)なかで自ら生け、その景色を楽しみます。
会場で沸いた湯で自ら茶を入れ、場所を探し、席をつくることも。切り取られた窓に色や光を見て、景色を思うことも。
やきものを「遊び」として、そこに鑑賞者の存在を必然と考える谷穹は、やきもののある空間を、ひと・もの・ま(空間)の相対的・相互的作用の働く場ととらえ、鑑賞者の「遊び」を誘うための「仕組み」をしつらえとして提示します。鑑賞者はまるでその遊びに加わるように、時に能動的に、時にやきものに行動を促されながら空間に遊ぶこととなります。
やきものとしての「器(うつわ)」とともに、その仕組みを含み持つ「空間(うつわ)」を見せる本展で、目の前の景色(LANDSCAPE)に遊ぶうち、ふと気がつけばまるで別の場所に外れる(ESCAPE)かのような体験をお楽しみいただければ幸いです。